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アメリカ太平洋地域研究センター40年記念公開シンポジウム「反米:その歴史と構造」

2007/12/23 日曜日

  毎秋恒例となったアメリカ太平洋地域研究センター主催の公開シンポジウムを今年も9月29日午後、駒場18号館ホールで開催した。前身であるアメリカ研究資料センターの設立から数えると40周年に当たる今年、シンポジウムのタイトルを「反米:その歴史と構造」に定めたことはセンターにとって一つの冒険であった。というのも、「アメリカ」という特定の地域の外に存在するもう一つ別の「アメリカ」をそれは討議する試みだったからである。もちろんその二つの「アメリカ」が、同一の「アメリカ」の表裏にすぎないのか、あるいは相互補完的な関係にあるものなのか、さらにはまた全く異なる次元に存在するものなのかは、さらに議論を深めてみなかればわからない。しかし、日経、毎日、ジャパンタイムズなどの新聞紙上におけるシンポジウム開催への反応も上々であった。世間の関心が集まるタイムリーなトピックを40周年の記念シンポジウムが取り上げた意義をまずは評価したい。

熱気に溢れる会場

熱気に溢れる会場

  さて、 ここ数年、世界中が「反米」の気運に包まれたことは周知のとおりである。「9.11」直後は合衆国民への弔意を表す同情的な声明が相次いだものの、アフガニスタン、イラクへとアメリカ合衆国の軍事行動が拡大するにつれ、同情は非難へと変わり、国連軽視の自国中心主義、軍事重視の単独行動主義を合衆国の本質とみなす反米批判が世界を覆うようになった。 

  ただし、こうした「反米」「離米」を漠然とした気運としてジャーナリスティックに、もしくは現状紹介的に取り上げる議論は数多く出ても、その背景となる、批難する側と批難される側の状況を見据えた学術的で構造分析的な「反米」「離米」論はなかなか出てこない。「親米」は知識人の矜持にもとると捉えられがちであった日本ではそのような仕事をしても「売れない」という事情があるからであろうか。いや、もちろん、本当の理由は別のところにある。例えば、世界中にアメリカニゼーションが浸透した現在、その存在をトータルに捉えて批判を加えることが難しくなったという問題が一つある。中東問題が語られる時、超大国アメリカの存在に反感を感じ、日本独自の外交スタンスを強調しはするものの、その内容を具体的に明らかにすることはめったにないといったことも、そうした状況を反映している。世界に占めるアメリカ合衆国のプレゼンスはそれ程に大きくなり過ぎたのであろう。アメリカ合衆国一国を形容する「アメリカ」と言う言葉が20世紀全体を形容する言葉として一人歩きした異様さとこれは繋がる問題かもしれない。今回のシンポジウムにおけるパネリスト4名の誰もが狭義のアメリカ研究者ではなかったことも、これらの問題と無縁ではない。アメリカ合衆国を論ずる仕事はアメリカ研究者だけの仕事にもはや限られなくなったのである。

報告する酒井啓子氏

報告する酒井啓子氏

  シンポジウムの内容を少し紹介しておこう。パネリスト4名の議論は、それぞれの専攻分野の知見を動員したいずれも周到なものであった。まず、比較文学比較文化を専攻する菅原克也が、戦前から戦中にかけて日本の作家、知識人が書き残した日記等を史料に、アメリカ合衆国を礼賛する者と拒絶する者の心には同根異種とも呼ぶべきアメリカ認識が横たわることを具体的に論じた。報告後の質疑応答の際、矢内原忠雄が東京空襲の様を畏怖の念を交えて描いた言葉に会場から違和感が唱えられた点に、この「同根異種」の問題がいみじくも看取され、興味深かった。続いて中国近現代史を専攻する村田雄二郎が、中国には「反米」はあっても「反米主義」はないと議論を展開した。「反日」のごとく歴史的トラウマを契機に形成される反復的構造として中国の「反米」を抽出することは難しく、即かず離れずの距離が生み出すアメリカ合衆国との“競存“関係の構築に同国は腐心しているという氏の報告は、会場をおおいに刺激した。さらに中東国際関係を専攻する酒井啓子は、一九六〇年代英仏両国から植民地支配勢力の立場を継承する形で中東問題に関わり始めたアメリカ合衆国が、最初は中東民衆の敵では必ずしもなかったのに、イスラームの敵として批判を受けるようになった歴史的経緯を分析した。国家の反米と民衆の反米の食い違いといった魅力ある論点を含む氏の報告には、質疑応答においても質問が相次いだ。最後にフランス思想を専攻する増田一夫が、「反米」は記述概念か行為遂行的概念かという問題を掲げ、ややもすれば倫理的断罪を含意する「反米」の符牒を逃れつつ世界に普遍する価値を議論するには何を語ればよいのかを論じた。フランスはアメリカ合衆国にとって「最悪の友人」とも呼ばれる。そのフランスの知識人が合衆国と同じく自由と平等の諸価値を標榜しつつ、しかしなおアメリカ合衆国とは別の世界秩序を希求している姿を氏は弁舌鮮やかに語った。

  本年4月にセンター教授に就任した古矢旬が主催する学術振興会プロジェクト「『アメリカ研究』の再編」が、当日の午前中にやはり「反米」をテーマとする国際専門家会議を開催した。その報告者として来日したアムステルダム大学のロブ・クルースと合衆国テンプル大学のデイヴィッド・ファーバーの両名が、「アメリカ研究者」ではない研究者の参加を仰ぎつつ世界に占めるアメリカ合衆国のプレゼンスを浮き彫りにした今回の試みの意義をシンポジウムの最後で強調した。情報社会学を専攻する吉見俊哉、アメリカ外交史を専攻する西崎文子の両コメンテーターを含めたシンポジウム参加者全員の議論を論集にまとめる企画を既にセンターは進行させている。その成果の刊行を期待していただくとともに、センターの活動に変わらぬ支援を続けてくださるアメリカ研究振興会、および東京大学総合文化研究科に謝辞を記し、記念シンポジウムの報告とさせていただきたい。