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ジョン・ウィッテ著、大木英夫・高橋義文監訳『自由と家族の法的基礎』(聖学院大学出版会、2008年3月)

2010/2/27 土曜日

民主主義とキリスト教――アメリカ合衆国における自由
 

  18世紀末の建国以来、民主主義という抽象原理を象徴する国としてアメリカ合衆国(以下アメリカと略記)は世界の注目を浴びてきた。もちろん民主主義の定義は一通りではない。逆にそれだからこそ世界はアメリカの現実を注視し、民主主義の可能性と問題を学びとろうと努めてきたのであろう。フランス人アレクシス・ド・トックヴィルが著した『アメリカのデモクラシー』(1835)がアメリカ論の古典として今なお輝きを失わないのも、現代に通じる民主主義への問題意識がその書を貫いているからにほかならない。身分地位に依らず人に本来備わっているはずの生命を平等に扱い、思想信条における個人の自由を認める寛容な態度を民主主義と呼ぶならば、そのような政治原理が国単位で実現された最初の国家がアメリカであった。その社会を実体的に把握することこそが民主主義の理解につながると当時の知識人は考えたのである。しかし、民主主義を象徴するアメリカ、自由や平等、寛容を旨とするはずのアメリカが、先進諸国中最も宗教的であるとされるのは何故だろうか。宗教的であることと民主主義的であることとは矛盾しないのか。フランスにおいては自由精神と宗教精神とが逆の方向に進んでいるけれどもアメリカにおいては二つの精神が共働して社会を支配していると指摘したトックヴィルの言葉は何を意味したのか。民主主義と宗教の関係はアメリカの自由を理解する一つの要であると同時に、きわめて理解の難しい問題として我々を刺激し続ける。

  アメリカのエモリー大学にある「法と宗教の研究センター(Center for the Study of Law and Religion)」で研究を続けるジョン・ウィッテが聖学院大学大学院総合研究所の招聘で2006年に来日した。その折りに行った講演6編を編集した本書は、アメリカの自由の奥行きを宗教との関わりから問いかける。アメリカの自由と宗教との関係に通念的な理解しか持っていなかった私のような研究者にその問いは新鮮であり、刺激に満ちていた。なかでも二点の指摘が印象に残る。一つは宗教と連邦と州との関係であり、いま一つは、宗教と伝統と法との関係である。

  アメリカは政教分離の原則をかかげる国として知られる。しかしその「分離」の意味が実は多義的であるために、一般人ばかりでなく、研究者の間にも多くの誤解が存在する。たしかに、ヘンリー. S.コマジャーやヘンリー. F.メイをはじめとする二十世紀後半のアメリカの思想史家たちは、その多くが、信仰と理性の働きを峻別する西欧啓蒙主義の所産とアメリカの建国を捉え、政教分離を政治権力と宗教権力の分離と字義通り解釈した。そして、ジョン・ロックにならい教会と国家の分離を説いたトマス・ジェファソンらをその主導者と讃えたのである。そのためであろうか、少なくとも建前上アメリカでは、建国以来一貫して政治と宗教が切り離されてきたという理解を比較的無批判に研究者たちも受け入れてきた。しかし、その政教分離を定めた聖典ともいうべき憲法修正第一条の冒頭には、連邦議会は公定宗教を樹立することが出来ないとしか綴られていない。例えば州政府が宗教と結びつくことを禁ずる文言はそこに明示されていないのである。実際アメリカでは、建国時、過半の州で公定宗教が認められていた。それが破棄され、科学主義や世俗主義の隆盛を経て、州政府と宗教との分離が20世紀半ばに連邦最高裁判所で判決されるまでには、世紀を跨ぐ歴史の紆余曲折がある。なかでも第2代大統領ジョン・アダムスがこの問題に示した英知は、フロンティアを抱えた19世紀のアメリカで政治と宗教の関係をバランスよく保つのに役立ったとウィッテは説く。その経緯を辿る議論は従来の歴史解釈への批判的検討に満ち淀みがない。

  ウィッテのそうした歴史観の根底には、啓蒙主義的な意味での政治と宗教の分離を認めながらも共同体の秩序を安定させる力を宗教に期待する姿勢がある。ウィッテ自身はそれを「非本質的な事柄」に政教分離の原則を押し広げずに「相応の分別」を発揮する国民の良識もしくは伝統と捉える(本書167-68頁)。幾つかの州で行われ始めた「契約結婚(コヴェナント・マリッジ)」の法制化を事例にその伝統と法の関係を問うた議論は、個人主義を至上とするアメリカ社会における宗教の新たな可能性を示唆し興味深い。コミュナリズムとの関係もさらに議論され得よう。社会全体を緩やかに包む道徳のような力をアメリカの宗教に認めたトックヴィルの議論はやはり慧眼であったと言うべきなのであろうか。そうした思いを本書は私に残した。