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藤岡靖洋『コルトレーン――ジャズの殉教者』(岩波新書、2011年)

2011/6/30 木曜日

ジャズがまだメッセージを持っていた時代

  ジョン・コルトレーンを神のごとく讃える文章は昔から読んでいた。ただし、私がジャズを聴き始めたのは10代半ばの1970年代に入ってからだったから、1967年にこの世を去ったコルトレーンの演奏を直に聴くチャンスは既に失われていたし、その生き様に同時代的に反応するジャズファンの熱狂に触れることももはやできなかった。渋谷や新宿のジャズ喫茶の片隅で、「ラブ・シュプリームズ、ラブ・シュプリームズ」という念仏にも似たあの声が、ベースの低音にかぶさって繰り返される『至上の愛』(1964)のわけのわからぬ音の凄さに、息を詰めていた記憶しか私にはない。マイルズ・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』(1970)がジャズかロックかそのどちらでもない画期かと議論され始めたなかジャズを聴き始めた私には、要するに、雄叫びのような高音で時にサックスを吹きまくる、宗教的求道者のような人とコルトレーンは理解されていた。ジョニー・ハートマンとのコラボレーションやバラード演奏だけに徹した馴染みやすいアルバムもコルトレーンにあること知ったのはもう少し後のことで、それらのアルバムでの演奏に比べれば、凄い凄いと騒がれるコルトレーンの演奏はとにかく取っつきにくいという印象が強かった。例えばアート・ペッパーの奏でる艶やかな音に聞き惚れ、彼が初めて来日した際の郵便貯金ホールのコンサートで、高校生のなけなしの小遣いと引き替えに、初めてその生の音を聞いた時の感動に比べれば、コルトレーンを聞いた時の感動など何もなかったというのが正直な思い出だ。最初がそうだから、その後もあまりコルトレーンとの付き合いは芳しくなかった。ファラオ・サンダースやアーチー・シェップらの音にはだんだん親しみを感じ始めても、ジャズ・ファンを自認するからにはコルトレーンも聞かねばならないとどこか身構えでコルトレーンを聴いてきたように思う。

  しかし、である。藤岡靖洋の著したこのコンパクトな評伝を読むと、『至上の愛』(1964)ばかりか『アセンション』(1965)すらもが、どことなく聞ける音となって私の耳に響き始めた。実際この本を読んだあと『アセンション』のコンプリート・ヴァージョンをかなりの音量で聴き直してみたが、以前のような違和感は沸いてこなかった。ああいう時代のこういう思いのもとでこの音楽は生まれたという理屈で、かつての違和感を押さえ付けただけのことかもしれないが、それもジャズの一つの聴き方だろう。少なくともそうした新しいコルトレーン体験へと私を導いてくれた本書に、賛辞と、謝辞とを送りたい。著者紹介を読むと、藤岡靖洋は、呉服屋を経営しながらコルトレーン研究にいそしみ、70回以上も米国に調査旅行に出かけているという。羨ましい。が、この本は良く書けている。著者の熱意が、熱い思いが、読む者に伝わってくる。

  1966年のコルトレーン来日ツアーの紹介から話は始まる。「東奔西走、疾風怒濤」(8)と著者がいう日本ツアーのスケジュールはたしかに過密で、今ならこんな忙しい演奏旅行を大御所は誰もしないだろうという印象を受ける。しかしそれだけ日本の聴衆もコルトレーンの音に飢えていたのだろう。東京-大阪-広島-長崎-福岡-京都-神戸ほかを駆け回りながら、幾つものインタビューに答え、コルトレーンは日本の聴衆に鮮烈な印象を与えたという。その中で面白く感じたのは、ジャズの音そのものを聴くと言うより、コルトレーンの音楽が発するアフリカン・アメリカンのメッセージを聞き取ろうという姿勢が当時のファンには強かったように見えることだ。現代のようにインターネットもなければ、アマゾン・ドット・コムで洋書が迅速に手に入る時代でもないから、アメリカに関する政治文化全般の情報に人々は飢えていたのかもしれない。6月7日に東京プリンスで開かれた公式記者会見には、大学の「モダンジャズ研究会」と称する学生たちも呼ばれていて、「アメリカについてどう思うか」「マルコム・Xをどう思うか」といった質問まで投げ掛けている(19-20)。「ジャズ研」と総称される現在のサークルに参加する学生が、米国のジャズマンにそんな質問をいまするとは思えない。政治文化全般に関わるメッセージとジャズとが切り分けがたい一つの固まりとしてファンに受けとめられた時代をコルトレーンは生きたということだろう。そうしたメッセージ性がジャズから薄れて久しい。時代がメッセージを必要としなくなったのか、メッセージは別の媒体を通して伝達されるようになったのか。ジャズの商品化の動きともこの問題は通じている。ちょっと考えさせられた。

  全力で駆け抜けた人生を象徴するような忙しい日本ツアーの様子を紹介したあと、著者は、コルトレーンの人生をその生い立ちから語り始める。アメリカ黒人の歴史について、ポイントとなる出来事、潮流が随所に書き込まれており、バランスよく語られるその物語は、単なるコルトレーンの人物伝を越えた黒人文化論という性格を本書に与えている。例えば、ノース・キャロライナ州ハイポイントに生まれ、高校卒業後に人種差別を嫌ってフィラデルフィアへ移動、海軍のバンドで腕をみがきGIビルでマイホームまで建てたコルトレーンの前半生など、一般にはまだ広く知られていない。40年代から50年代にかけて、音楽を媒体に社会の注目を集めるメッセージを発し続けた一人の黒人の生き様として読むだけでも、その物語は面白い。もちろんマイルズ・デイヴィスやソニー・ロリンズ、ソロニアス・モンクらとの交流の話など、ジャズ・ファンには堪らない逸話もたくさん綴られている。そして、ブルー・ノート、プレスティージ(田舎の弱小レーベルに過ぎなかったという!)、アトランティックと録音を重ねながら、ジャズ・シーンでの存在感を急速に増していく50年代後半の活躍ぶりが語られるあたりから、評伝は佳境に入っていく。

  セネガルのダカールやブラジルのバイーアへの関心が示すように(110-111)、アフリカ系アメリカ人の民族的起源とも言い得る奴隷制度の歴史にコルトレーンは強い興味を抱いていた。と同時にアフリカ系アメリカ人の異議申し立ての政治運動であった公民権運動に強い支持をコルトレーンは表明していた。ダカールもバイーアも直接目にし、奴隷制度の歴史には一通りの知識を有しているはずの私だが、コルトレーンの音楽の背景にそうした歴史の積み重ねを聴き取る努力をしたことはなかった。不覚だったと思う。ジャズは音楽だからまず音だというのが私の持論であり、その考えを変えるつもりはないけれど、それだけでは包みきれないメッセージが込められた音楽もあることを、本書はもう一度思い出させてくれた。既に述べたが、いわゆる求道者のような姿勢を強めたインパルス後期時代の一連のアルバムもそうした背景を心にとめおきながら聞き返せば、違う音にきっと聞こえるに違いない。著者は言う、「一九五〇年代~六〇年代は「音楽が世界を変える」と信じ、みなが真剣に音楽に取り組んでいた時代だった」(125)と。たしかにそうなのだろう。だからこそジャズ喫茶の暗闇で、おしゃべりもせずに黙々とジャズの音に耳を傾ける人たちがあの時代大勢いたのだ。怒りとリズムと欲望と息苦しさまでもが混淆したジャズの時代があったことを、多くの人がいま忘れすぎていないだろうか。

  この後、60年代ニューヨークにおけるジャズクラブの盛衰やビートルズを筆頭とする“ビリティッシュ・インヴェイジョン”の話が挟まり、やがて、コルトレーンが生涯のピークを刻んだと著者が評価する『至上の愛』(1964)録音の話が始まる。妻のナイーマ以外に白人女性を含めた3人の女性と愛を交わし、それを精算すると同時に強い精神性を絆にアリス・コルトレーンと新たな人生を切り開き始める頃から、コルトレーンの音楽は「取っつきにくい」響きを帯び始めたようだ。『バラード』『デューク・エリントン&』『ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン』など耳に馴染みやすいアルバムを1961年に矢継ぎ早に録音し、その売り上げでインパルスの屋台骨を支えながら、黒人のルーツとしてのアフリカや至上の存在としての神への思いを楽曲に重ねつつ、64年から67年にかけて、音楽的にも精神的にも大きな変貌をコルトレーンは遂げていく。ベトナム反戦の気運が盛り上がる中でハーレムに巻き起こったブラック・アート・ムーブメントとの共振、ブルーノートにジャケット・デザインを何点か残したアンディ・ウォーホールらとの邂逅、ドン・チェリー、アーチー・シェプ、マリオン・ブラウンらとの活動、「私は聖者になりたい」と日本でのインタビューで答えた(18)コルトレーンの当時の心境を本当に理解するのはなかなか難しい。が、1967年3月ハーレムに設立された<オラトゥンジ・アフリカ文化センター>のこけら落としに、ファラオ・サンダースらと出演した頃のコルトレーンの政治的関心は、「過激」なアフリカ系アメリカ人の権利要求運動とかなりの部分重なっていたらしい。奏でる音もそれを反映してアフリカへの回帰を感じさせ、よりコズミックなインド哲学への傾斜すら示していたという。

  残念ながらこの後でコルトレーンの生涯は突然の終焉を迎える。もの言わぬ臓器である肝臓の癌に冒されていたのであった。その突然の死にシンクロするかのように、本書の記述もやや唐突に終わりを迎える。アリス・コルトレーンが亡き夫の意思を継いで何枚かのアルバムを制作発表した話は評伝の体裁を整える上では必要な話ではあるのだが、記憶に響くコルトレーンの演奏に耳を傾けながらここまで本書を読み進めていた私の耳には、もはやそれも余談という感じがした。「ジャズという範疇をはるかに超えたユニヴァーサルな宇宙大の音楽」(227)をコルトレーンがアリスと共に追求したところまで理解してコルトレーンを語るのか、バラードやマイ・ヴェイヴァリットシングスを奏でるコルトレーンを愛でるまでで踏みとどまるのか。どちらも間違いとはいえない。繰り返しになるが、ジャズが心躍らす音楽であると同時に強い政治的メッセージを持った時代をコルトレーンは生きた。そんな時代の一人のテナー奏者として、彼の名は今後も我々の心に深く刻まれていくだろう。「ジャズの殉教者」という本書の副題には少し違和感を持つものの、ジャズ音楽全般に関心を寄せる人のみならず、50年代から60年代にかけてのアメリカの政治文化に関心を寄せる人にも一読を勧めたい本である。振り返ってみて、ジャズは今の時代いかなる音楽となっているのか。それを読後に考えさせられる本でもある